昨日AIと壁打ちしていたら、Windows95の話になった。
「あれ、このワクワク、前にもあったな。」
そう思ったんだけど、最初は何のことかわからなかった。
Windows95…。
いや、その前か。
そうそう、小学生の頃にPC-8001でBASICを触ってた記憶がある。
そんな話をAIとしながら、少しずつ昔の記憶が繋がってきた。
Windows95が出た頃、本屋へ行くとコンピューター雑誌をよく立ち読みしていた。
その中で「インターネット」という言葉を見つけた。
まだ動画なんて見られない。
電話回線でダイヤルアップ接続。
今思うと、よくあんな回線でワクワクできたなと思う(笑)
でも、できた。
何ができるのかなんて、ほとんど知らなかったのに。
「これからはインターネットの時代なんだろうな。」
そんな予感だけはあった。
そうそう。
最初にハマったのはチャットだった。
画面の向こうに誰かがいる。
文字を打つと返事が返ってくる。
今読むと普通なんだけど、当時はそれだけで面白かった。
「今、この人もどこかでキーボードを叩いてるんだ。」
そんなことを考えていた気がする。
テレビでもない。
雑誌でもない。
世界中の誰かと直接繋がっている感じ。
あれは結構衝撃だった。
チャットにも少し飽きてきた頃かな。
今度はホームページを作り始めた。
HTMLを一行ずつ手で書いて。
せっかくパソコン買ったし、やってみるか。
そのくらいの軽い気持ちだった。
振り返ると、その延長でホームページ制作の仕事まで始めていた。
人生って、後から見ると繋がってる。
その時は全然そんなこと考えてなかったのに。
ここまで思い出したところで、AIが面白いことを言った。
「Windows95が好きだったんじゃなくて、人間の可能性が広がる瞬間が好きなんじゃない?」
なるほど、と思った。
だからPC-8001も。
Windows95も。
インターネットも。
ホームページも。
そして今のAIも。
全部同じワクワクだったのかもしれない。
そう考えると、最近AIと話すのが楽しい理由も少しわかる。
答えを聞いているというより、
昔の記憶を掘り返したり、
考えを整理したり、
思ってもいなかったところへ話が転がったり。
昨日も、Windows95の記事を書こうとしていたはずなのに、気が付いたら「人間の可能性」の話になっていた。
チャットって面白い。
一人で考えていたら、多分この話には辿り着かなかった。
この記事を書きながら思った。
30年前も、私は「何ができるようになるんだろう」と思ってパソコンを触っていた。
今も、同じことを思いながらAIとチャットしている。
もしかしたら数年後に振り返った時、
「あの頃がAI時代の始まりだったな。」
なんて思うのかもしれない。
でも、そういうことは後からしかわからないんだろうね
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